やりたいと願いながら安全圏であぐらをかく矛盾【ネガティブになる原因は自己意識】

やるのが億劫(マインドを整える)

こんにちは、しょっぴーです。

今回は、「欲求」に対して「行動」に矛盾が起きる原因について考察します。

この記事を読むと、頑張りたいのに頑張れないと悩む必要はなくなります。

前回の記事で、人は見える部分まで進むことができるとお話しました。

『器の構成要素』はこうです。

成長とは、「グラグラする限界まで進んでは戻り土台を広げるゲーム」ということでしたね。

実際成長とは、ほぼその理解で間違いありません。

シーソーやブランコで、ゆらゆらしながらバランスの取り方を覚えて、立ちこぎに挑戦して、どこまで飛べるかジャンプしてみる、この流れが成長要素のほぼ全てです。

人の器もどれだけ“ゆらゆら”したのか、の違いに過ぎません。

人はみんな願いを持っている

  • 幸せになりたい
  • お金持ちになりたい
  • 仕事に行きたくない・・・

こんな願いは、誰しもが持っています。

人の欲求については、こちらの記事で書きましたが、

人間の欲求についてはだいたい研究されていて、こんな感じになっています。

しかし、よく分からないのは「社会的に認められたい」と願いながら、「働きたくない」とも感じてしまいます。

これはいったいなぜでしょうか?

実はこれも、『器の構成要素』から考えると分かりやすいです。

人間は安全圏の外に出ると、足元が急にグラグラして不安になります。

人間の本質はこんな感じです。

「社会的に認められたい」と願い挑戦をしてみようと考えたものの、「安全圏から出たくない」と本能が叫びだす。

人間は何かを願ったときに、同時に反対向きの願いも抱えます。

これは自然の摂理です。

「熱いお湯」と「冷たい水」が混ざり合ってぬるくなるように、どんな「熱い想い」も「冷静な考え」によって“中心へ戻ろう”とします。

2つの相反するものがそこにあるから、ちょうどいい位置で収まろうとするのです。

『器の構成要素』も同じです。

「頑張ろう」と“すればするほど”器は傾き、「本能」が“強烈に”安全圏に引き戻そうとします。

強烈に暑い「溶岩」と「水」を混ぜあわせると水蒸気爆発を起こすように、願いが強ければ強いほど、中心へ押し戻される力も強くなります。

これは自然の摂理なのです。

重要なのはバランス

シーソーでゆらゆらしてバランスを理解したように、「情熱」も本能とのバランスを理解しなければ、その落差によって精神的なダメージを追うことになります。

まさに水蒸気爆発です。

「愛されたい」と願いながら無謀な愛を押し付けるストーカーにならないためには、何事にもバランスをとる練習が必要なのです。

“バランスをとるゲーム”だと知れば、悩まなくてすむ

これは、どんな取り組みにも共通しています。

人は「願い」を叶えたいと努力をしますが、「安全圏は守りたい」ものです。

であるなら、安全圏が見える範囲のギリギリを常にゆらゆらすればいいだけです。

時には行き過ぎて、強烈に中心に押し戻されることもあります。そんな時は少し引きこもって、またゆらゆらすればいいのです。

人生はゲームなのだから。

しょっぴーはだらける才能には恵まれていましたので、上手なだらけ方をこちらを参考記事として載せておきます。

想像できる範囲には必ず辿り着ける

海を見て水平線の向こうを想像していたら、うっすらと見える向こうの島(中国大陸)から船がやって来ました。海の向こうになんて想像しなければ「行こう」なんて考えませんが、弥生時代にはいたのでしょうね。

実際、誰かやってきたので「稲作」が伝わったとされています。人間は月にも行ってしまうくらいなので、想像できる範囲には必ず辿り着けると断言できます。

できるかどうかは、「願い」の強さと、挑戦の「バランス」を取り続けたかどうか。

それだけです。

できないとしたら、単純に「ゆらゆらの時間が足りなかった」というだけで、人間はそれでも後世に受け継いでいった結果、今の技術に発展してきたということです。

なので、あなたの願いは「想像できるのであれば」叶えることができるということになります。

まぁ、いま想像できなくても、必要な材料をそろえたら想像できるようになりますしね^^

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