こんにちは!しょっぴーです。
今日は、僕が普段から感じている、「挑戦することの恐怖」と、「傍から見ていると止めたくなる心理」について書いてみます。
この記事を読むと、三日坊主の理屈が明確に理解でき、その取り組みを達成に導くことができるようになります。
抽象的でよくわからなかった『人の器』とは
しょっぴーが考察する『人の器』とは、器を支える柱の「太さ」と「高さ」だと考えています。柱の大きさは、挑戦の量によって変わります。
前回の記事で『人の欲求』について考察しましたが、人はまず「安定」を求めます。
その上で、「不安定」を求めるのです。
つまり、はじめは安定した土台を築き、そこに留まりたいと考えます。
しかし、そこにいるだけでは飽きてしまうので、安定した土台(生活基盤)を確保しつつ、次の欲求を求めて一歩を踏み出そうと考えるわけです。
器の構成要素
僕が考えている『器の構成要素』はこんな感じです。
安全圏では、すでにその土台を築き上げている範囲内で、その中であれば自由に過ごすことができます。基本的にはどんな取り組みも、安心して取り組むことが可能です。
しかし、中心から動くと、土台がない部分では急に足場がグラグラしてきます。そのため、本能が「中心に戻れ!」と叫ぶのです。これが、三日坊主の原因でもあり、ドリームキラーの本質でもあります。
要は、安全なところから出そうになると警報がなるから、強制的に中心に戻ろうとする力が働くわけです。
娘の挑戦をハラハラしながら見守るのは、『自分は』経験上その揺れを知っているからであり、ついつい「危ないよ」と余計ことを言ってしまうのですね。身内ほど「ドリームキラー」になりやすいと言われる理由はここにあります。
しかし、安全圏で過ごしていては成長することはありません。
器のイメージ
柱の「太さ」は安定性を、「高さ」は取り組みの難易度を表します。「高さ」がなければ、器のぐらつきは少ないので成長にはつながりません。
そのため、『成長とは』器を支える柱の「太さ」と「高さ」を大きくするゲームだと考えると分かりやすいと思います。
器は揺らすことで、その土台の柱を太く大きくしていきます。
土台は見えないから、動いて確認する必要がある
土台は自分からは見えません。そのため、どこからぐらつき、どこまで行けるのかを常に確かめる必要があります。
過去に努力して土台を築き上げたとしても、そこにあぐらをかいて確認を怠ると、経年劣化からその土台に致命的な亀裂が入ったとしたら、ちょっとした地震で崩れてしまいます。
社会情勢の影響など、土台に影響を与える要素は無限にあります。
しかし、日頃から器を動かし柱の状況を確認しておけば、土台を支える地盤が緩くなったとしても、いち早く対策をとることができます。
器は定期的に動かしてメンテナンスするように心がけておきましょう。
はじめての試みが不安になる理由
中心から動くと、ある時地面がぐらつきます。そこが「挑戦の始まり」です。はじめての取り組みが不安なのは、いつ足元がぐらつくのか分らないから不安になるのです。そのため、一度経験してしまえば、そこまでは不安になることはありません。
見える範囲は「こうすればできる気がする」という『仮説』が通じる部分になります。
経験を重ねると見える範囲が広がるので、挑戦の幅も広がるのですが、一気に行こうとすると足元が崩れてしまいます。
何度も挑戦を繰り返すことで『器を揺らし』、土台が太くなった結果行ける範囲が広がるのです。
見えているだけではたどり着けません。
思い切って揺らしてみると分かること
土台の柱の「高さ」は取り組みのレベルによって、変わります。
そのため、その取り組みを始めたばかりは器がどこまで傾くのか検討もつきません。
しかし、不安だからといって「出来る範囲内で」ゆらゆらしていても、柱は思うように大きくなりません(少しずつ大きくなる)。
なぜなら、それはまだ「安全圏」にいるのと変わらないからです。
時には思い切って「安全圏」を飛び出すことも必要です。
すると、意外と大丈夫だと気がつくことも大きいものです。
器をどんどん広げるコツは「土台の支点」を見つけて、シーソーを“グワングワンと揺らしていたお調子者のあの子”のように、思い切って器を揺らすことです。
重心の位置をずらすことで自然とどこまでが大丈夫なのか、行き過ぎた場合の“戻し方”も身体が理解してきます。
見えているからこそ、行けるという理屈が通じる
はじめの仮説は、遠くの方がぼんやりしてあまりよく見えません。
しかし、知識や経験をもとに薄っすらとでも『見えている』のであれば、挑戦を繰り返すことではっきりと見えてくるようになります。
なぜなら、挑戦を繰り返すことで、土台が太くなり見えていた部分に近づくことができるからです。
そのため、薄っすらとでも見えているのであれば、『確実に』たどり着くことができます。
まとめ
今回のお話は、器のひろげ方についてでした。
どんな取り組みもゴールを目指すのであれば、例外なく安全地帯から一歩を踏み出す必要があります。
その時、なぜ不安になるのか、どうして続けることが難しいのか、その理由を知っておけば対策を立てることができます。
器の大きい人は魅力的に見えますが、裏を返せば、その人は「挑戦を繰り返しつづけている人」だということです。
たくさんの「挑戦」は、経験を重ねるごとに自然と「自信」が身につきます。そのため、心にゆとりが生まれます。器の大きい人が魅力的に見えるのは、そういった部分からなのでしょうね。
逆に、過去の栄光にあぐらをかいている人は、魅力的には見えないということです。なぜなら、動いていないからですね。
ただそこにあるだけで美しく感じるのは、もはや人間ではないのではないでしょうか。
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